平林久和氏の記事(言論の自由はどこまで言論の自由を許すか?)により、
TwitterをはじめとしたWebでのゲーム業界がざわついています。
その内容は、いわゆるゲハブログと呼ばれるサイトの双璧である
「はちま起稿」と「オレ的ゲーム速報@刃」について、
ゲームメディアと呼ばれるマスコミにおいて、
その功罪を正面から論ずる場面がないことについてでした。
僕自身はこの2つのサイトを見に行くことはほとんどありませんが、
NG登録をする前は見かけることもありました。
見に行かなくなったのは、面白おかしくねじ曲げられた記事が
散見されるようになったのと、それを取り巻くコメントがひどくなったのが原因です。
当時と変わっていないのであれば、今も見に行くことはないでしょう。
しかし、前述の記事ではこの2つのサイトの是非を問いているわけではない、
これらのサイトへの問題提起ではないと感じています。
従って、僕もこれらのサイトに対してここでどうこう言うつもりはありません。
問題提起はあくまでゲーム業界に向けてのみ行われているものだと思っています。
平林氏は長らく業界全体の体質について、古くはファミコン必勝本の編集者時代から
強く問題提起をしてきています(これについてはBeep!復刻版に平林氏の当時のコラムが
掲載されています)。
また、平林氏のブログのエントリー(広報する側も、取材する側も)に
こういった業界に対する氏の思いが強く表れているように思います。
これ、消費者側(読者側)にはまったく関係がない話なんですが、
今でも根強く残っています。むしろ、業界のなかでは常識的なことで
この形式に沿らずにゲームメディアとして活動することはできないくらいです。
これについても色々な見方はありますが、ここでは割愛します。
色々な要素が複雑に絡み合っているので非常にやっかいなのですが、
今回の話題となった平林氏の記事には、ゲハブログの是非と
ゲーム業界への問題提起の2つが同列に見える構造になっているため、
争点がどうしてもボヤけてしまっているように感じました。
しかし、これも氏の思慮の一部という見方もできます。
この話題、今のゲーム業界にとっては間違いなく劇薬だと思います。
(これが劇薬になるってどうなんだと思いますが)
急に事を進めるよりも、まずは慎重に、
業界関係者の話題に乗せるための一手なのかもしれません。
業界の自浄作用に期待したい、果たしてそんなものがあるのかはわかりませんが、
そういうものを僕は感じました。
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